大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和51年(ヨ)389号 決定

債権者 林興業株式会社

右代表者代表取締役 林時雄

右債権者訴訟代理人弁護士 入江五郎

債務者 帝産自動車労働組合

右代表者執行委員長 竹埜俊朗

右債務者訴訟代理人弁護士 佐藤文彦

同 後藤徹

同 佐藤義雄

同 川村俊紀

同 齋藤了一

主文

一  別紙目録記載の不動産に対する債務者の占有を解いて札幌地方裁判所執行官にその保管をさせる。

二  執行官は、債権者に右不動産の使用を許さなければならない。

三  債務者は、右不動産に立入ったり、債権者が同不動産内において営業することを妨害してはならない。

四  執行官は前第一、二項の趣旨を公示しなければならない。

理由

第一  債権者訴訟代理人は主文同旨の決定を求め、その申請の理由の要旨は、

一  債権者は肩書地に本店を有し、一般乗用旅客自動車運送事業(以下、帝産ハイヤー事業部という)および自動車の修理および部品の販売ならびに各種産業機械の製作、加工、開発等(以下、林自工事業部という)を業とする会社であり、帝産ハイヤー事業部所属従業員は約三五〇名、林自工事業部所属従業員は約一〇〇名である。債務者は帝産ハイヤー事業部に所属する右従業員のうち約二五〇名を以て組織する労働組合である。

二  債権者は別紙目録の土地、建物を所有し、ここに前記自動車の修理および部品の販売、各種産業機械の製作、加工、開発等の事業部門に従事する従業員を配置し、現に債権者において顧客から受注した各種エンジンの整備等を行なっていたものであるところ、債務者の組合員約二五〇名は昭和五一年六月九日以降本件土地、建物に立入りこれを占拠したうえ、債務者組合に所属しない債権者会社の前記林自工事業部門従業員約一〇〇名に対し本件土地建物において就業することを実力を以て妨害阻止しているものである。

三  債権者は前記のとおり本件土地建物において他から受注した各種エンジンの整備等の仕事を施行していたものであるところこれらは既に納期が経過したものもあり、この儘の状態では債権者は以後の受注に支障を来たすばかりでなく本件土地・建物内に設置してある各種工作機械の保守管理を欠くことになるため営業上回復し難い重大な損害を蒙る虞れがある。

四  そこで債権者は昭和五一年六月一八日債務者に対し、内容証明郵便を以て、同月一九日迄に本件土地、建物から退去して債権者にこれを明渡すよう通知し同郵便はその頃債務者に到達したが、債務者はこれに応じようとしないものである。

五  よって債権者は主文同旨の仮処分決定を求める、というにある。

第二  債務者訴訟代理人は「本件申請を却下する。申請費用は、債権者の負担とする。」との決定を求め、答弁の要旨は、

一  第一項の事実は認める。

第二項の事実中、本件土地、建物が債権者の所有であること債権者が本件土地、建物においてその主張の事業を行なっていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三項の事実は否認する。

第四項の事実中その主張の如き内容証明郵便が債務者に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二  債務者は昭和五一年三月一八日以降債権者に対し、賃上げ金三一、〇〇〇円、退職金の増額、就業規則の改善等を内容として団体交渉を重ねていたが、債権者は同年五月一四日にいたり債務者に対し「債権者は同年五月一日付で、一般乗用旅客自動車運送事業部門の経営の一切を申請外北海道交運事業協同組合(以下北海道交運と略称する)に委任したので、以後団体交渉は北海道交運理事八重樫正博と行なわれたい。」旨通告したので、債務者は同月一七日以降右八重樫理事との間で前記内容および右経営権譲渡の事情説明を求めて団体交渉を重ねたが、八重樫理事が明確な回答を示さないため交渉は進展を見なかった。債務者は同年五月二五日債権者に対し例年通り夏期一時金を要求して団体交渉を求めたところ八重樫理事は同年六月七日債務者に対し突如として「(1)金八、〇〇〇円ないし二万円の賃下げ、(2)労働時間の一〇時間延長、(3)就業規則の変更を提案し、これを受諾しなければ夏期一時金の交渉を拒否する。」旨通告するに至った。

以上の次第であったところ債務者は同年六月一一日本件建物内において債権者側から代表取締役林週吉、同林時雄らが出席して前記内容につき団体交渉を行なったが債権者は同月一二日債務者に対し交渉の中止を主張し、警察機動隊を導入のうえ同所から退去してしまった。そこで債務者はやむなく、以来本件建物内において右団体交渉の再開を求め待機しているに過ぎないものである、

というにある。

第三  当裁判所の判断

債権者は、肩書地に本店を有し、帝産ハイヤー事業部という名称で一般旅客自動車運送事業を、林自工事業部という名称で自動車の修理及び部品の販売、各種産業機械の製作加工並に開発事業を行っていた会社であり、肩書地に本店および帝産ハイヤー事業部の事務所を、別紙目録の土地および建物に林自工事業部の工場ならびに事務所を所有しているものであること、林自工事業部の従業員は約一〇〇名、帝産ハイヤー事業部の従業員は約三五〇名であること、債務者は帝産ハイヤー事業部に属する従業員約二五〇名をもって組織された労働組合であることは、当事者間に争いがない。

更に、本件全疎明資料によれば、右二つの事業部は一応独立採算制をとり、経理上は別途に処理されていること、林自工事業部は国鉄のディーゼルエンジンの分解整備の受注など一般の車輛関係機械の整備、あるいは修理用部品の一般販売等を営業の中心としているものであること、そして、帝産ハイヤー事業部の営業車の整備は本店に所属する整備工によってなされていること、又、林自工事業部の従業員は債務者組合に加盟しておらず、債務者組合は帝産ハイヤー事業部の運転手を中心に債権者の本店に所属している若干の整備工によって組織されているものであること、以上のような事実を一応認めることができる。

ところで、本件労働争議の経過についてみると、本件全疎明資料によれば、債務者は昭和五一年三月一八日本年度春闘として、全自交札幌ハイヤー労連統一要求とこれに債務者の独自要求を加えて、三万一〇〇〇円の賃上げ、退職金の増額、就業規則の改善、労働協約の締結等を内容とする要求を債権者に提示したこと、その後同年四月七日を第一回として債権者の取締役専務である林博(以下、林専務という)との間に本店において団体交渉が行なわれるようになったこと、ところで、債権者は右の団体交渉の進行中である同年五月一日、帝産ハイヤー事業部の営業一切を所轄官庁の許認可を条件として北海道交運に譲渡する旨の契約を結んだこと、そしてこの間五月一三日ころの妥結を目途に団体交渉が行なわれたが、結局要求項目の一部につき相互に確認された部分もあったものの、賃上げ額等の主要部分につき合意が得られなかったため交渉妥結には至っていなかったこと、ところが、債権者は五月一四日債務者に対し、帝産ハイヤー事業部の経営一切を北海道交運に委任したので以後の組合との団体交渉は右北海道交運理事の八重樫正博と交渉されたい旨申入れ、以後の五月一七日からの団体交渉には林専務を初め債権者の経営陣は団体交渉に出席しなくなったこと、そして債務者は五月一七日から右八重樫理事との団体交渉において春闘要求に加えて、右のハイヤー事業部の営業譲渡の内容の説明及び営業譲渡のあった場合の労働条件引継ぎの確約を求めたが、右八重樫はこれに対し、明確な態度を示さなかったこと、債務者は新たに五月二五日右団体交渉において夏期一時金の要求を提示したところこれに対し右八重樫は五月二七日実質的な賃下げおよび労働時間延長を含む提案をしてきたこと、債務者は六月一〇日からストライキに入ったこと、以上の事態の下に六月一一日午前一〇時三〇分ころから林自工事業部の工場(目録(二)の1工場兼事務所)の三階にあるショールームにおいて、債権者側から代表取締役社長林時雄(以下、林社長という)、代表取締役会長林週吉(以下、林会長という)、林専務ら計六名が出席のうえ、債務者との団体交渉が再開されたが、この団体交渉は債務者組合員約一〇〇名の傍聴の下に翌一二日まで続行されたため、林会長、林社長が右同日昼前に、又林専務を除く三名が右同日午後三時ころ夫夫団体交渉の場から退去したものの、林専務は疲労のため右交渉の一時中断、退去を求めたところ、債務者はこれに応じないでその退去を阻止したこと、そこで債権者は同日午後八時四〇分ごろになって警察官の出動を求めたうえ漸く林専務は同所から退去することを得たこと、債務者の組合員は以後そのまま同工場三階のショールームにとどまり同所を占拠したのみならず、同工場の他の部分についても各部屋の鍵を債務者組合員が管理していること、同日朝出社した林自工事業部の従業員の就労も債務者の組合員らのピケで阻止され、以後林自工事業部の従業員は顧客のための緊急の製品の搬出等特に債務者の了解を得た場合以外本件不動産の中には出入できないこと、したがって、一二日以後林自工事業部は全く営業活動を停止したまま本件不動産全体が債務者の占有支配下にあること、以上の事実を一応認めることができる。

又、本件疎明資料によれば、先になされた当庁昭和五一年(ヨ)第三八〇号の現金、受取手形等の仮の引渡を本件債務者に命ずる仮処分決定の昭和五一年六月一七日における執行においても、執行官の占有に移った仮処分対象物の搬出を債務者組合員が座込んで阻止し、執行官らが一時本件工場(目録(二)の1の工場兼事務所)五階部分にとじ込められた状態が現出されたこと、そして、林自工事業部の管理職を通じての債務者に対する口頭の本件不動産についての明渡及び同部門の従業員の就労請求がなされていること、六月一八日には債権者代理人から内容証明郵便をもって明渡及び就労請求がなされていることが認められる。ところで本件における債務者の本件不動産の占拠を考えてみるに、労働組合が平素出入利用している使用者所有の土地・建物に、争議中その交渉妥結を得るため待機し又は代替労働を阻止する目的のため使用者所有の土地建物内に滞留し、そのため使用者において一時的に業務の運営が阻害されることがあっても、労働者の団結の保護の必要性の趣旨に照らして使用者はこれを受忍しなければならないものというべきであるが、労働組合がこれを越えて、その平素出入利用していない使用者の土地・建物部分に滞留しかつ使用者のその占有を排除し、しかもそれが長時間にわたり、もはや右交渉のための待機および代替労働阻止の必要性が失なわれるにいたるとき、殊に本件の場合のように、事業所としての営業場所も別であり、互に独立して運営されている二つの事業部の間で、一方の事業部の従業員で組織する労働組合が、他方の事業部の事業所を全面的排他的に占拠するような場合には、代替労働の阻止の必要性も認める余地がないから、これを違法なものといわなければならない。本件労働争議中に債権者がそのハイタク事業部の営業を他に譲渡せんとし、団体交渉につきその譲渡先の理事である前記八重樫に委せたとして、債権者の代表権をもつ実際の経営陣が団体交渉を拒否していたという事情も認められ、この点債権者側の団体交渉の進め方に非がなかったとはいえないが、六月一一日に至り、林社長らの債権者側の経営陣も団体交渉に応じたのであり、その場合債権者に団体交渉に応ずる義務があるといっても、一度団体交渉が開始された場合にはその日時、期間等は社会通念上合理的とされる一定の節度を有するものであることを要すべく、従って、当事者が心身疲労しても交渉が妥結するに至るまで継続して団体交渉の続行に応じなければならない義務まで存在するとはいえないし、相手方があくまで団体交渉の連続的続行を主張して、団体交渉の中断、次回の団体交渉の場の設定に応じない場合には、条理上も合理的な時間の経過後、団体交渉を打切ることができるものというべきである。その点から考えると、本件の六月一一日午前一〇時三〇分頃から一二日午後八時四〇分頃にわたり債務者の組合員らが債権者の経営陣の退去を阻止してなした団体交渉のやり方は明らかにその節度を越えたものといわざるをえない。そうとすれば、債務者が右交渉待機のため本件土地建物に滞留することはもはやその必要性を欠くものというべきである。

また債務者は本件の占拠は団体交渉再開にそなえて待機しているに過ぎないと主張しているが、現実にショールーム部分の占拠にとどまらず、本件不動産につき林自工事業部従業員の立入を拒みその就労を妨げ、債権者の占有を排除して本件不動産全体を支配しているものであり、団体交渉の再開も同一場所で行なわなければならないわけでもなく、又、同一場所で再開されるとしてもそれまでその場所にとどまっていなければならない必然性もないのであるから、右主張も本件の占拠の正当性を理由づけるものではない。

そして、六月一二日から林自工事業部の営業は債務者の占拠によって全く停止し、この債務者の業務妨害により債権者に日々損害が生じていることは明らかであるから、本件仮処分の必要性は疎明があったものと認めることができる。

よって、本件仮処分申請は正当としてこれを認容し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 畔柳正義 平澤雄二)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例